「画質」について思ったこと。

カメラ

最近カメラに対してのモチベーションがめちゃめちゃ高いブログ管理人のchakkanでございます。

今回は、最近ずぅ〜っと頭から離れないテーマをブログに書き殴ってみたいと思います。

テーマは『画質』

この画質って一言で言ってしまうけど、何をもって画質が良い悪いと判断するのかを自分なりに考えてみました。

ちょっと雑記的な記事なので暇つぶしに読んで頂けると嬉しいです。



画質が良い基準

画質の良いカメラやレンズをゲットすると本当に嬉しいですよね。

僕が幼い頃はテレビがブラウン管でアナログ放送でした。 あまり詳しい歴史や用語は知りませんが、ビデオもVHSというビデオテープでテレビの映像はYouTube画質で例えるならば240pよりも低画質だったのではないでしょうか。←正確には分かりませんがf^_^;

当時はその画質が悪いとは思っておらず、あくまでもそれが普通、当たり前な画質でした。

それから映像の業界は日進月歩が続き目紛しく進化を遂げていき、現代では4K放送も目にする程高精細な映像を観ることが可能になりました。

家電量販店などでデモストレーションさらている4K映像を観ていると、あまりにも高精細過ぎて非現実的な映像のような錯覚が起こりますよね。

美しい。 とにかく美しい。

これが高画質、要するにこれこそが画質が良いってことなんだ。

人間の目では追い付いていかないぐらいの高精細超高画質映像は家電量販店という公の場でさえも足が止まり見入ってしまいます。

なら答えは高精細で超高解像が良い画質。

これで記事は完結です。

画質が良いとは人が立ち止まってしまうほどの高精細超高解像、人を一瞬で虜にしてしまう映像画像こそが画質が良いんだ。

 

高精細超高解像画像は本当に最高か?

しかしここに違和感を感じてしまうのです。

僕はずっと高精細超高解像な画質こそが最高画質だと信じ追求してきました。

が、しかし近年フィルムライクな写りが好まれている。

フィルムカメラがコアなファンから支持されてきている。

フィルムカメラでなくても、古いレンズを現代のカメラに取付け高精細超高解像とは真逆のぼんやりとした、どこか懐かしいノスタルジックなオールドスタイルの写真を頻繁に目にするようになりました。

昔の技術では対応できなかった逆光への耐性やピントの甘さを逆に利用した写真には、高精細で高解像な写真ではあまり感じられない“物語性”のある、何とも言えない“味”が表現できてしまいます。

これが俗に言う“空気感”まで写しとる世界なのかもしれない。

抽象的な言葉の数々失礼しました(^^;;

もちろんその物語性を出しているのはレンズだけではありません、やはり撮り手の技術がものをいう。

その空気感が他人に伝わった時、人は魅了され撮り手の技術を崇める。

僕はそんな人たちを “独特だ” と言います。

独特な感性こそ写真は突き抜けていくものだ。

味という表現は自分にはない感性を目にした時に出る言葉… 自分にはない独特な感性を目の当たりにした時、人は衝撃が走る。

 

人には個性がある。

人は過去の過ちを糧に進化してきました。

それはデジタルの世界でもそうです。

昔の技術ではクリア出来なかった問題や欠点を補いながら成長し進化している業界。

昔のレンズやカメラが現代のハイテクレンズカメラよりも優れているはずがありません。

なぜならより良いものを作り続けてきた結果が今なのだから。

改良に改良を重ねた結果が今なんです。

だが人の感性は進化とは別のところにある。

一括りに『画質』と言ってしまっても、人によって画質の基準が大きく違う事がよく分かってきた。

それは被写体がなんなのか?にも大きく作用していると思いました。



 被写体により画質への要望が違う

カメラとは被写体によって求める画質が変わってくるものだと最近強く感じてならない。

例えば産まれたての赤ちゃんの写真を表現する時にコントラスト高めのキレッキレに解像されたレンズを使ったりキレッキレなRAW現像をするだろうか?

もちろんいくつかの表現の中で1枚ぐらいあっても良いかもしれないが、僕ならピン甘でふんわりとした写真で撮り残したいと思います。

もしそこにキレキレの画像があったとしても、その時の撮り手の気持ちやその場の様子、要は空気感は写せない気がする。

さて次は風景写真ではどうでしょうか?

先ほどの赤ちゃんに使った技法、ピン甘でふんわりとした画像の風景写真を見せられたらどうですか?

あれ?ピントズレてる? あれ?絞ってないんじゃないか? と疑念を持つでしょう。

このように画質とは被写体の違いによって大きく変わるというのが僕の見解です。

 

レビューを鵜呑みにしてはいけない

人はそれぞれ自分の意思を持って生きています。

人間は自分の意思がある以上、100%合意できる人間は限りなくゼロに等しいぐらいいないでしょう。

その中でも自分に似た感性の持ち主のブロガーや YouTuberの意見を尊重し買い物をしたりする方もいらっしゃるでしょう。

僕もそうです。

でも最高だとレビューされていた商品全てが僕にとっても最高だったかと言われたらそうでもない。

あまりにも酷い商品だとレビューしていた人へ怒りさえ覚えてしまう時がある。

だがそれは感性が違うから仕方ないんです。

何が言いたいのかといえば、同じメーカーで同じレンズを使っていても感性の違い環境の違いで全く変わる。

僕が最近痛感したのがこの事でした。

例えばオシャレなストリートスナップ撮影するカメラマンに憧れを持ちました。

ストリートスナッパーのカメラは高精細超高解像画像を求めていないと思う。

たぶん画質よりも発色を求めた撮影スタイルなはず、もしかしたらフィルムライクに現像してしまうかもしれません。

その人が最高のレンズだよ!と良い評価をしたレンズだとしても、風景写真でも高いレベルで撮れるとは限らないということ。

味と言う言葉で片付けやすいカメラ業界用語ですが、味は個性で感性です。

味という言葉は信用できませんでしたが、実際に味は存在します。

特に“独特な味”という言葉の表現は個性の塊を表現した代表的な言葉です。

 

まとめ

いかがだったでしょうか?

訳も分からない画質の話でしたが、最後に伝えたい事、僕が思う『画質』についての見解は

画質は自分の理想とする、もしくは表現したい画像を作れた時に画質が良いと決められる。

僕が愛用しているFUJIFILMのミラーレスカメラにはグレインエフェクトという機能があって、その機能は写真にわざとノイズのような粗い粒子を吹き付ける技法である。

初めはなぜこんな機能が付いているのかが意味不明でしたが、最近理解できるようになってきた。

『画質が良い』とは自分の感性を正しく表現してくれる画像であり、高精細超高解像だけが良い画質ではないということ。

あとは好みの問題ですね。

 

では。



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